【続】発達障害だっていいじゃない  ~鬱な私と4人の子供達~

発達障害の子供達も成人したので、これまでのことも書きつつ、50代からの奮闘の毎日をつづります。

最悪の事態

勇気

孫のお金を平気で、「前から言おうと思っていたんだけど、ローンがあと800万円残っているから貸してもらおうと思って。」と電話で軽く言ってくる父。

 

弁護士さんに相談すると絶対に貸すなと言われ、

「その話なんだけど、私のお金じゃないし。いつも貸しても帰ってこないじゃん。そんな大金無理だよ。」と勇気を出して断った。

何故勇気が必要だったのか?なかなか理解してもらえないかもしれないが、ある種の洗脳のようなものかもしれない。もしくは、誘拐犯に敵意を抱かなくなってしまう弱者のような感じか。そういう親しか知らないから、断っても悪い事じゃないと思うのに勇気が必要だった。

 

「え?なんで?いいじゃねえかよ?返してない金って何のことだよ?」

「お父さん本当に何にも知らないの?知らないとしてもさ、家2件も持ってるのに孫からお金借りなくてもいいでしょ。お母さんに何のことか聞いてみなよ。」

一旦電話を切った。

 

金銭感覚のない人

父は大手会社のエリートサラリーマンだった。県内トップの高校を卒業し就職してから定年まで42年間勤めあげた。もう少しで重役だったらしく、バブルの頃は会社のお金で豪遊し、お金の使い方もすごかった。そういう人は生活の水準を落とせないのだろう。家計はすべて母任せで、自分の貯金がいくらあるのか全く把握していなかった。

でも普通の生活をするなら十分な金額の年金をもらっているはずだが、二つ目の家のローン返済があったし、母は(関係ないかもしれないが超お嬢さん育ちだが、実母を早くに亡くしていて愛情に飢えていたのかもしれない)全くお金のやりくりができない人だ。元祖片付けられない女(カードローン地獄になってしまう女)。お金が足りなくなっても、父に内緒でカードローンをして、豪華な夕食を作ったり、デパートで高級品を買ったりしてきたのだ。さらに父に内緒で弟にお金を渡し、退職金が底をついても父に言わなかったのだ。

 

「お母さんもいい加減ちゃんと話しなよ。」

ついに父と母が実情を話し合ったのか、一晩大変なことになったのだと思う。欲深いお似合いの二人だ。

 

家出

どういう経緯だったのかもうわからなくなってきたが、それから父は我が都営住宅に家出してきて2か月間くらい一緒に暮らした。父との奇妙な2か月間だった。料理上手な父が、私の節約料理や、手作りドレッシング、手作り焼き肉のたれ、手作りマヨネーズなどを美味しいと褒めてくれた。(当たり前だ。私が本当にあなたの娘だとしたら料理人の血が流れているのだ。)父に褒められたのはこれが初めてかもしれない。子供達にも今までに見たことないくらいに優しく、発達障害の彼らの個性も認めてくれた。一度は勘当されたのに、可哀そうになって居候させてあげるなんて、自分はどこまでお人好しなのだろう。今思えば最初で最後の親子の時間になったと思う。

 

2か月後、母を呼び寄せて話し合い、実家の方に帰ってもらうことになった。私の都営住宅の居間で実の両親がうんざりするほどの夫婦喧嘩をした。もはや修復不可能で、この際、離婚でもするのかと思ったが、意外とすんなり元のさやに納まった。

 

元凶

とにかくお金が足りないのは明らかだった。当面の間の分だけ工面することにした。それプラス弟の借金が膨大になり弁護士さんに相談して破産手続きをすることになった。

 

結果的にこれがいけなかった。放っておけばよかったのだ。これが絶縁のきっかけになった。

あの時工面しなかったらどうなっていただろう。両親も食べるものにも困り、ローンの返済は滞る。実家暮らしの無職の弟の借金も膨らむ一方だった。一家心中でもしなければならなくなっていただろう。

なのに、なぜ私が悪者にされるのか?絶望以外の何物でもない。

 

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