孤立と自由
借用書
この記事の内容は今から6~7年前のことを書いていることになる。長女は大学1年生になり、双子の息子は高校2年生、末の息子は中学2年生だった頃のお話し。子供達も多感な時期なのでどう説明していいのかわからなかった。ただ4人とも私が傷ついていることを知っていたし、子供達の方こそ辛かっただろうと思う。
当面の資金を工面してしまったら、何事もなかったようにまた今までと同じようになってしまったのだった。
これではいけないと思い、弁護士さんに相談し、いつからいつまでに何万円ずつ返すときちんと明記した借用書を作りたいと父に伝えた。
実家に行くと、父、母、弟の同じ考えの人間達VS 私という、いつもの3対1の構図になってしまうから、父一人に実家のそばのコンビニまで実印を持ってきてもらうことにした。公衆の面前なら安全だと考えたからだ。
それでも暴力をふるう父を私はさんざん見てきたので、どうしても怖くて高校2年の双子の息子たちについて来てもらった。
あれほど言っておいたのに父は認め印を持ってきた。
「ごめん実印じゃないとダメなんだ。」
私が言うと、急いで取りに帰る父。
破滅
戻ってきて、私が作った借用書2枚に実印を押すと、
「それでさ、あと150万円貸してほしいんだ。」
と父は信じられないことを口にした。
「もうこれ以上は貸せないよ。」私が言うと、
父は激高しコンビニの外に連れ出された。
襲いかかってきそうだったので、双子の息子たちが私の前に立ちはだかって守ってくれた。
「邪魔だ!どけ!」
っと父は息子を押しのけようとしたので、
「かばってくれてるんじゃん。邪魔な子にお金借りようとしてるわけ?」と私。
「わかってるよ。でもお前だって大学行って結構金かかってるんだぜ。」父の言葉に唖然とした。
「見返りを期待して育ててきたわけ?もうずいぶん返したよ。」私
「でも他に方法がないんだよ。」父
「売ればいいじゃん家。」私
「もう(借り手と)隣の家の賃貸契約更新しちゃったんだよ。」父
「契約更新しないでって私ずっと言ってたじゃん。コンビニの駐車場で孫の金貸せって怒鳴ってて恥ずかしくないの?もう帰るよ。」
私は息子たちを乗せ、車を発進させた。
父はすごいスピードで自転車で実家に逃げ帰っていった。
それが父を見た最後の姿だ。(たぶんまだ生きているが会う予定はない。)
不条理
もうこれ以上は貸せないと言ったら絶交された。絶縁というのが正しいのだろう。彼らはお金だけのために娘や孫と付き合っていたのだろうか?
母に至っては電話で一方的に
「返せばいいんでしょ返せば!わかりました!返します!」
と言われたきりで、いつ会ったのが最後かすら覚えていない。
っていうか、借りた金は返すのが普通なのではないのか?
弁護士さんが破産した弟の就労状況を聞いてくれたようなのだが、「お姉ちゃんに破産させられた」と意味不明なことを言っていて、私は恨まれているらしい。
私にはもう弟もいないし両親もいない。ひどく悲しかったが正しいことをしたと思っている。子供達も同意してくれている。
TVなどで虐待されている子供が、
「ごめんなさい。ごめんなさい。もっと良い子にするから。でもお母さん好き。」
と虐待を受けているのに健気なことを言っているのを見たことがあるが、あれに似ている。そこまでされても何年も悲しい。今も度々両親の顔色をうかがっている自分の夢を見る。
実家では父と弟、父と母。怒鳴りあったり、時には手が出る時もあった。そんな世界と離れられたのだ。自分と子供たちの足だけで立っている。これは孤立ではあるが孤独ではない。何よりも精神的な自由を手に入れたのだ。ようやくブログに書けるくらいには消化されてきたのかもしれない。立ち直れた理由は子供達が頑張っているからにほかならない。
自立
私達はパラレルワールドを生きているのだと思っている。パラレルワールドを一緒に旅しているのが家族。もう両親たちとは別の世界を生きているのだから交じり合うことはない。
「自立した人間になること」それが私の目標だ。決して子供達からお金を借りようなどと思いもしない。子供達にもそうあってほしい。
でも仕事をしていると、オムツを買いにくる独り暮らしのお年寄りを毎日のように見るし、親が入院してオムツを買いにくる同世代の人を見かけると、どうしても後ろめたい気がしてしまう。
だけどもう関わっては絶対にいけない。あの人たちは普通の人間じゃない。公証役場とかで手続きをすれば会わずに縁を切る方法とかあるのだろうか。会いたくない大きな理由には怪物と化した弟の存在が大きい。8050問題と言ってもよいだろう。そのことについてはまだ詳しく書けないが機会があったら書きたいと思う。
もし、私に何かあった時は弟が犯人で間違いないだろう。私を脅しても殺しても、お金など出てこない。みんな名義は子供達だからだ。子供達と言っても、法律が変わったので4月からは末の息子も成人とみなされる。もちろん私にも勝手に動かせないようになっている。
でももし何かが起きたとしても、私はこの子供たちに恵まれ幸せな人生だったので、(子供達の誰も)復讐など考えないでほしい。そんなことに時間を費やさないで、人のためでもいいし、自分のためでもいいし、社会のためでもいい、堂々と凛として生きていって欲しい。
なんだか遺言状みたいになってきてしまったが、いずれにしても絶縁した両親のことを全く忘れることはできない。しかしながら、今では鬱も良くなってきたし、仕事にも行けるようになった。だから働く姿を子供たちに見せることができるようになり、発達障害の息子たちの働くという事への現実度がかなり増したように思える。この時が自由を得た私の人生の再スタートになったのだった。
これまでのお話し↓↓↓
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